朝霧の草地に立つ黒毛和牛

牛が健やかであること。

三重県伊賀産 黒毛和牛

生きた牛の健やかさで選び抜かれてきた、赤身と脂の美しい均衡

Scroll Down

Wellbeing Comes Before Everything

健やかに育て、人の目で選び、手間を惜しまない

黒毛和牛の目元と艶のある毛並み
牛舎まわりの緑と朝の光

伊賀牛は、肉になってからの等級では選ばれません。目利きが農家を訪ね、生きた牛の健やかさ——体の張り、毛づや、静かな佇まい——を確かめて選び抜く。七十年、変わらない選びの流儀です。

和牛のごちそう感は、すべてあります。そのうえで伊賀牛の脂は驕らず、深い赤身の味わいと互いを引き立て合う。[健]やかに育ち、[目]利きに選ばれ、[均]衡を宿す——そんな牛です。

出し惜しみをしているのではありません。一頭一頭に手間をかけるから、数は増やせない。だから伊賀牛は、これまでほとんど世に出ませんでした。これから、その扉が開きます。

More ➤

健康で美しいことが、 伊賀牛である証

Concept
牛の背に添えられた生産者の手

盆地の霧、 澄んだ水

Terroir
草地で草を食む健やかな黒毛和牛
育Nurture

伊賀は山に抱かれた盆地です。朝霧が立ち、昼と夜の寒暖差が大きく、山の水が田畑を潤す。
この土地の静けさの中で、牛はゆっくりと、健やかに育ちます。
この盆地の水は、日本中の呑み手が名を挙げる銘酒をも生んできました。

More ➤
Nurture
庭先で生きた牛を見定める目利き
目The Eye

枝肉の等級ではなく、生きた牛の健やかさを見る。
体の張り、毛づや、静かな佇まい——目利きが農家の庭先で確かめ、一頭ずつ選び抜く。
健やかに育った牛だけが、伊賀牛の名を許されます。

More ➤
Eye
白磁の皿に盛られた伊賀牛の一切れ
均Balance

赤身と脂の、いちばん美しい均衡。
甘い脂は驕らず、深い赤身の味わいと互いを引き立て合う。
最後のひと切れまで、美しく食べられる和牛です。過ぎない、という贅沢。

More ➤
Balance
牛舎で黒毛和牛の顔に手を添える肥育農家

七十年、 変わらぬ流儀

Story

手間を惜しまないから、少ない。

いま伊賀牛を育てる肥育農家は二十五戸。年に出荷できるのは、およそ千二百頭。同じ三重の松阪牛が年に七千四百頭ほどですから、その六分の一にも届きません。一頭一頭に手間をかけ、生きているうちから人の目で選び抜く。その育て方では、この数が精一杯なのです。

伊賀は忍者の里でもあります。秘することを美学としてきた土地です。彼らが牛の干し肉を携えたという言い伝えは、この土地と牛のいちばん古い縁でもあります。

  1. 1310鎌倉名牛の書『国牛十図』に、伊賀の牛が記される
  2. 1905明治38伊賀から東京へ、初めて肉牛を送る
  3. 1953昭和28戦後初の全国肉牛共進会で厚生大臣賞。伊賀牛振興協議会を設立
  4. 1962昭和37伊賀産肉牛生産振興協議会が発足。選びの流儀を今に継ぐ
70years
変わらぬ選びの流儀
25戸
肥育農家
1,200頭
年間出荷(約)

伊賀の風土が、 育てる牛

Council
名称
伊賀牛(いがうし)/ 伊賀産肉牛生産振興協議会
定義
黒毛和種の雌の未経産牛で、協議会会員が飼養し、
最終・最長飼育地が伊賀管内で12ヶ月以上のもの
産地
三重県伊賀市・名張市(伊賀盆地)
選び方
目利きが農家の庭先で生きた牛を見定める生体取引が約8割。
枝肉の等級ではなく、健やかさで選ぶ
沿革
1953年 伊賀牛振興協議会設立 / 1962年 伊賀産肉牛生産振興協議会発足
伊賀盆地の里山と田畑

海を越えて、 届いています

Export
輸出実績
アメリカ / マレーシア / オーストラリア
ハラル
対応可能です。認証の要件は仕向け地によって異なりますので、ご相談ください。
数量
年に出荷できるのはおよそ1,200頭。ご希望の数量と時期をお聞かせください。
伊賀から米国・マレーシア・オーストラリアへの輸出United StatesMalaysiaAustraliaIGA
ハラル対応可能 米国・マレーシア・豪州へ輸出
Contact

取扱店のこと、仕入れや輸出のこと、小さなご相談から。
産地でお話を伺い、伊賀牛の流儀に沿ったご提案をいたします。

Guida LLCGuida合同会社(東京) / 受付時間 平日 9:00 – 17:00 日本時間
[email protected]